相続人が複数人いる場合、遺産分割協議書を作成しなければ遺産の分配ができません。
そのため、遺産分割協議は避けては通れない、相続における最も大事なイベント、いわゆる山場であります。
特に、相続財産が多岐にわたる場合や、相続人間で意見が分かれる場合には、協議が長期化し、結果的にトラブルへ発展する可能性もあります。
そこで、第5回遺産分割協議では、遺産分割協議の進め方、遺産分割協議書の作成方法等について分かりやすく解説します。
スムーズな遺産分割協議が行えるよう、ぜひ参考にしてください。
遺産分割協議とは?基本的な概要
遺産分割協議とは、相続人全員で遺産の分配方法を話し合い、合意を形成するためのプロセスです。
この協議では、法定相続分や遺留分など法律に基づく基準を参考にしながら、相続人それぞれの事情や希望を考慮して分割内容を決めることとなります。
協議が成立し、合意内容を明確に記した書面が遺産分割協議書です。
相続人全員が署名・押捺することで法的効力を持たせることができますので、遺産分割協議が終わった際には速やかに作成しましょう。
協議を円滑に進めるためには、相続人間の信頼関係や財産目録の正確性が重要です。
一般的に言われている、「相続争い」「相続で揉める」というのは、この遺産分割協議が進められない状態や、分配について相続人間の合意が得られないことを言います。
このような場合、家庭裁判所での調停や審判を通じて解決を図ることもできます。
遺産分割協議の進め方や結果はその後の相続人間の付き合い・関係に大きな影響が出るため、スムーズに行えるよう下準備が必須です。
遺産分割協議が必要になるケース
どんなときでも遺産分割協議をしなければならないわけではありません。
遺産分割協議が不要な場合もあります。
①遺言がある場合
遺言によって特定の人に財産を譲り渡す場合(遺贈)や、相続人の取り分の指定(指定相続分)がなされている場合など、遺言が最優先となるため遺産分割協議をせずとも遺産をもらい受けることができます。
②相続人が一人の場合
遺言がなく相続人が一人であれば、全財産を相続人がもらい受けます。
そのため、遺産分割協議は必要ありません。
上記のケースに当てはまらない場合は遺産分割協議が必要です。
つまり、遺言がなく、相続人が複数人の場合です。
なお、ここで遺言に関連して注意してほしいことが2点あります。
遺言が最優先、とお伝えしましたが、もし遺言書に記載がない遺産が出てきた場合はどうすればいいでしょうか?
例えば、遺言書に記載がない金融機関の預貯金が出てきた場合です。
遺言書に記載がない遺産は、原則通り相続人の話し合いで決めることとなりますので、遺産分割協議が必要です。
(そのため、遺言書があっても、全ての遺産について記載がなければ遺産分割協議が必要。)
2点目は、遺産分割協議を行えば、遺言に関わりなく遺産を分配できるということ。
つまり、相続人全員が合意をすれば遺言に関係なく自由に遺産を分割、分配することができます。
必ずしも遺言があるから遺産分割協議は不要(できない)というわけではないことを覚えておいてください。
遺産分割協議の進め方と流れ
遺産分割協議自体は決められた進め方があるわけではありません。
そのため、相続人同士が合意しているのであれば、一堂に会して集まることでも、電話やメールで分割内容を決めることも問題ありません。
ここでは、外してはならないポイントと、効率よく、かつ必要事項を漏れなくするための進め方をご紹介します。
相続人の確定
遺産分割協議の前提として、必ず全相続人が揃って協議に参加しなければなりません。
当たり前のことなのですが、とても大事なポイントなので繰り返し言います。
詳しくは~第3回相続人の確認~をご確認ください。
相続人である兄弟のうち、兄と連絡が取れない。
何度郵便を送っても返事がなく、電話番号も分からない。
仕方がないので兄を除いて遺産分割協議を進めることにしました。
代襲相続人の一人が、取り分も少ないため相続分は0でもいいと言っている。
相続分が0なので遺産分割協議は不参加として、他の相続人で進めている。
いずれも場合も、遺産分割協議は成立せず無効となります。
相続人が行方不明であれば家庭裁判所に申請をして代理人を選任してもらわなければなりません。
相続分0でもいいということを確認する意味で、遺産分割協議に参加してもらわなければならないです。
相続人全員が参加することが必須条件となりますので、ここは必ず押さえておきましょう。
なお、相続人以外の人が参加した遺産分割協議も無効です。
(遺産分割協議で相続人以外の人が財産をもらい受けることはできません)
遺産の範囲の確認
遺産分割協議では具体的にどの財産を誰がもらい受けるのかを決めることとなります。
そのためには遺産の全体像が分からないことには話し合いができません。
遺産分割協議で遺産の一部のみ分割することは可能です。
まずは不動産だけ決めよう、ということはよくあります。
ただ、それは全体像が分かったうえでその一部を優先して分配しようと思うのであって、全体像が把握できていないなかで一部のみ分配することはトラブルにつながります。
そこで必要なのが遺産の一覧、いわゆる財産目録です。
詳しくは~第4回財産目録の作成~をご確認ください。
遺産が預貯金だけであれば、財産目録が作成することでスムーズに遺産分割協議を進めることができます。
一方、不動産や株式、投資信託など値動きのあるもの、時価が分からないものが含まれている場合は相続人間で摺り合わせが必要です。
遺産の範囲(預貯金、不動産など)は目録通りで合意できても、遺産の評価(不動産価格、株価)は納得ができない、という相続人が出てくることもあります。
特に不動産は相続税の評価額(土地は路線価、建物は固定資産税の評価額)と時価は乖離しており、時価といっても実際に売ってみないとどの程度の価格か分かりません。
誰がどの遺産をもらい受けるのか決めるときに、その遺産をどう評価するのかはトラブルになりやすいことに気をつけてください。
なお、不動産を売却するのであれば売却後の金銭を分配するという方法がいいでしょう。
株式や投資信託は死亡日時点の終値とする、というようにある程度時価とブレることは仕方ない、と割り切きも必要です。
協議の実施
ここからが遺産分割協議ということで、話し合いを行って具体的に誰がどの遺産をもらい受けるのか決めます。
遺産分割協議が必要ということは、相続人は複数人いるはずです。
日時を決めて集まるにせよ、電話やメールでお互いに連絡を取り合って進めるにせよ、下準備として財産目録を配付しておきます。
また、財産目録に各自の法定相続分についても書き添えておくとよいです。
財産目録を受け取った相続人は自分の取り分がどの程度なのかできますので、スムーズに協議に参加できます。
協議で決着がつけば、その内容を文書に残すことになります。
それが遺産分割協議書です。
繰り返しになりますが、遺言と異なる内容の分割でも有効です。
また、各自の法定相続分は協議をする際の目安であって、合意をすれば各自のもらい受ける財産額は自由に決めることができます。
一方、法定相続分通りに財産を分配することを提案しても、納得がいかないので合意しない、という相続人が一人でもいれば協議は不成立となります。
全員が合意するというのが協議のゴールです。
遺産分割協議書の作成方法とポイント
遺産分割協議書とは、相続人間で協議を行った結果を書面に残すもので、決まった書式はありません。
作成する目的は、後日の紛争を未然に防ぐこと、各相続人への所有権の移転を証明することです。
不動産登記の原因証書、相続税の申告、銀行の預貯金の払い戻し・名義変更等の際に必要となります。
各相続人がどの遺産を相続するかを明確に書いておくこと、相続人全員が合意した証として各相続人の住所、氏名を記載し、実印で押捺します。
参考に「被相続人(亡くなった人):甲山A男」「相続人は子8人」とした遺産分割協議書を作成してみました。
赤文字でポイントを入れておりますので参考にしてみてください。
なお、遺産分割協議書を作成する際には、曖昧な表現はせず誰が見ても分かるように記載することを意識するといいでしょう。
遺産分割協議で注意すべき法的ポイント
遺産分割協議書は法的効力のある書面でなければなりません。
もし、法的に有効ではない遺産分割協議書となってしまうと、遺産の分配手続きのときに困ることになります。
例えば、不動産の相続登記を行う上で遺産分割協議書が必要となりますが、文言が曖昧であったために登記手続きで使用できないということがありえます。
金融機関に対する解約手続きでも同様で、遺産分割協議書が有効だと認められないと解約手続きが行えません。
法的に有効である=各種手続きの際に使用できる、と言い換えると分かりやすいでしょう。
そのため、遺産の分配においてどのような手続きが発生するのか把握したうえで、事前に確認をしてから進めるのが確実です。
どのような場面でも必ず押さえておきたいポイントは3つです。
①相続人の住所氏名は印鑑証明書の通り記載すること。
住所は「3-5-10」ではなく、「3丁目5番10号」など、印鑑証明書記載の通り表記します。
また、氏名も髙橋や濱元、渡邉などは正しい漢字を使用しましょう。
パソコンで作成するときは特に注意が必要です。
②押捺は実印、つまり印鑑証明書と同じ印であること。
どの印鑑が実印か分からない場合は印鑑証明書を取得してから捺印しましょう。
もし相続人のうち1名でも実印以外の印が押してあると相続手続きで使用できません。
③印鑑証明書を添付すること。
遺産分割協議書自体に印鑑証明書を添付することが成立要件ではありません。
また、実印での捺印も成立要件ではありません。
しかし、遺産分割協議書を使って遺産の分配手続きを進めるためには、実印+印鑑証明書が必須です。
そのため、遺産分割協議書と印鑑証明書はセットであると覚えおいてください。
なお、金融機関で手続きをする際は印鑑証明書は発行から6か月以内と決められていますのでご注意ください。
ちなみに、信託銀行、証券会社の解約・移管手続きを進めるにあたっては、遺産分割協議書の細かな点まで指摘を受けることが少なくありませんので、これらの手続きがある場合は事前に文言チェックを受けることをおすすめします。
相続人間で意見が合わない場合の対処法
相続人間で意見が合わないことは決して珍しいことではありません。
どの点が合わないのか明確にしつつ、合意できる箇所を1つ1つ書き出してみましょう。
80%合意しているけど、残り20%が合意できないことによって全てがご破算になることを理解できれば、程よいところで話し合いがまとまることもあります。
また、一般的には遺産分割では現物分割で解決しようと考えがちです。
現物分割とは遺産をあるがままのもので分ける方法を言います。
自宅は長男、預貯金は二男、という具合です。
それぞれの財産価値に偏りがある場合に公平性に欠けるおそれがありますが、預貯金等で調整することで解決できます。
そして、遺産を取得した人が単独で売却、管理できることがメリットです。
このような現物分割以外にも、2つの方法があることをご存知でしょうか?
それが、代償分割と換価分割です。
代償分割とは?メリットとデメリット
代償分割とは、特定の相続人が特定(または全て)の遺産を相続する代わりに、他の相続人に金銭を支払う分割方法です。
例えば、相続財産が自宅のみである場合に、長男が自宅を相続して、その不動産価値に基づいて他の相続人に金銭を支払うという方法です。
売りたくない財産をそのまま引き継ぐことができ、金銭により相続人間の公平を図ることができるメリットがあります。
一方で、財産を引き継いだ相続人に資力がないと他の相続人に十分な支払いができないことや、不払いによりトラブルになる可能性がありますので、事前に十分確認することが重要になります。
換価分割とは?メリットとデメリット
換価分割とは、相続財産を売却して、その売却代金を相続人間で分配する方法です。
主に不動産の相続で使われる分割方法です。
売却の手間やコストがかかるというデメリットがありますが、相続分に応じて金銭を分配することができるため公平性が確保しやすいです。
換価分割では誰が音頭をとって売却を行うのかが問題になるケースが少なくありません。
相続人3人の合意に基いて進める、という形ではなく、そのうちの一人に一任する、という形がスムーズです。
これらの分割方法も視野に入れつつ、相続人間で協議を進めることで意見調整を行うとよいでしょう。
それでも、感情のもつれ等、どうしても協議に同意が得られない相続人がいる場合は法的な手続きをとることになります。
遺産分割協議が成立しない場合の解決策
相続人間で協議がまとまらないときや協議をすることができないとき、相続人は家庭裁判所に遺産の分割を請求することができます。
つまり、裁判所で決着をつけるということになるため、時間・費用をかけて解決することになります。
ここでは家庭裁判所における調停・審判について詳しく触れませんが、どうしても協議が成立しない場合でも解決策はあるということです。
これ以上話し合いをしても難しいと思ったら協議を切り上げて法的手続きに進めるという判断が必要になります。
なお、家庭裁判所に遺産分割を請求することを「遺産分割事件」と言います。
令和5年に持ち込まれた件数は13,868件となっております(令和6年司法統計年報より)
そのうち、当事者数が2人の割合が28.8%、3人が28.0%、4人が14.9%、5人が8.2%となっております。
(5人以内の割合が約80%です)
つまり、相続とは当事者が多いから揉めるわけではないと言えます。
一度揉めてしまうと当事者同士で解決するのは難しいため、遺産分割協議は専門家の力を借りながら進めることも検討してみてください。
専門家を活用するメリットと必要性
課題の捉え方によって、解決策は異なります。
つまり、遺産を公平(法定相続分)に分配することが課題と設定した場合、解決策は公平な取り分となるように遺産分割協議を行うことです。
しかし、複数の相続人がいれば、それぞれ課題の認識が異なっていることもあります。
例えば、親と同居して長い期間介護をしていた相続人からみたら、課題は他の相続人自分の貢献を評価してもらうこと、できるなら金銭の取り分を多くしてもらうことかもしれません。
そして、あからさまに金銭を要求することは下品なことだという気持ちを持った人は少なくありません。
他の相続人には察してほしい、と思っているのです。
それを理解せずに、法定相続分による公平な取り分となるような進め方をしては話し合いはうまくいきません。
そこは第三者である専門家を活用することで解決できるのではないでしょうか。
遺産の範囲・財産額はもちろん、相続人の気持ち・想いを含めた現状把握をすることで、相続人ごとに抱えている課題が見つかります。
課題解決に最適な遺産分割協議ができるように土台を作ることで、話し合いがスムーズに進むことでしょう。
もしかしたら、遺産分割協議とは異なる方法が解決策になることも考えられます。
長年の介護に対する兄妹からのお礼や感謝かもしれませんし、過去の出来事に対する謝罪かもしれません。
それがあれば協議の内容はどうでもよい、というケースもあります。
揉めそうだから依頼しよう、というより、スムーズに進めるためのサポート役に登場してもらおう、という気持ちで依頼をしていただけると嬉しいですね。