
遺言を作成しましょう、と勧められたら、みなさんどう思いますか?
「うちはそんなに財産がないから大丈夫」
「相続人の取り分は法律で決められている。欲張りな相続人がいるから揉めるのだ。うちの子供はそんなことは言ったりしない。」
遺言を作成するなんて大袈裟な…と思われる方が多いのではないでしょうか?
一般的には、遺言=遺産分割という意味で理解されているのではないかと思われます。
大きな財産があればそれを誰が引き継ぐのかとても重要なことなので、生前にしっかりと決めておく、つまり遺言を残さなくては遺族間でもめ事になってしまう、と。
一方で、家族が仲良くしているならみんなで話し合って決めるのだから問題ない、ということになります。
遺言がなければ遺産は遺族間の話し合いで分ける。遺言があれば、遺言通りに分ける。
この理解で間違いはありません。
しかし、それでも遺言は必ず作成するべきである、と私は断言できます。
遺言を作成するメリット
なぜなら、遺言を作成するメリットは遺産分割(トラブル防止)だけではないからです。
では、他に何のメリットがあるのか?
それは、遺産分割における遺族の手続き負担の軽減です。
大事なのでもう一度言います。
遺言を残すことはトラブル防止だけではなく、遺族の負担軽減にもつながるのです。
遺言がある場合とない場合で、遺族が行わなければならない手続きが異なることをご存知でしょうか?
例えば、相続人が亡くなった方の名義の銀行口座を解約する場合ですが、遺言がないと相続人全員の印鑑証明書と相続人全員の相続人であることを証明できる戸籍が必要です。
なぜなら、相続人のうち1名が遺族代表として手続きをするからです。
銀行からみれば、窓口に来た人が本当に遺族代表なの?という疑問があるわけです。それを証明するため、相続人が誰であるかを戸籍で証明します。
また、代表者が相続人全員から承諾を得ているかどうかを印鑑証明書の原本を提出することで証明するわけです。
一方、遺言がある場合には遺言書の中で受取人と指定をされた者が単独で手続きができます。なぜなら、遺言で特定の人に譲ったこと明確だからです。遺族代表として手続きをするわけではありませんので、受取人本人の印鑑証明書があれば済むわけですね。
他にも遺族が行わなければならない手続きとして、不動産・保険・株式などがありますが、遺言があるときの方が手続きは楽です。
(遺言の内容を実行する人(遺言執行者)を決めておけば、更に手続きが楽です。)
また、高齢の配偶者が相続人となる場合には更に注意が必要です。
遺産分割協議ができない?
実際にあったケースをご紹介します。
80代のご両親、60代、50代の子供二人(兄・妹)の4人家族。
子供はそれぞれ結婚して別世帯となっています。
主な資産は預貯金と自宅不動産。ごく一般的な家庭です。
家族は大変仲が良く、父が亡くなった場合には母が全財産を引き継ぐことで子供たちも納得しており、財産をめぐって争いになる要素は全くありませんでした。
ところで、以前からお母さんは高齢者施設に入っていましたが、認知症が進んでいるようで最近では少し話が通じないこともでてきたそうです。それでも、日常生活を過ごすうえでは特に問題はありませんでした。
そんな中、父が亡くなり相続が発生したのです。
お母さんが全財産を引き継ぐことに異論はありませんので、兄が主導して遺産分割協議書を作成して、預貯金、不動産の名義変更手続きを進めようとしていました。
しかし、母は遺産分割協議の内容が理解できません。自分で署名することもできない状態です。これでは母の意思確認ができないことになり、遺産分割協議が成立しません。
遺産分割協議を行うためには母の代理人となるべき人(後見人)を、家庭裁判所に選任してもらうことが必要です。
もし、父が遺言で「配偶者である●●に全財産を相続させる」とだけでも書いていれば、相続手続きがスムーズにできたのです。
自筆証書遺言という選択肢
そうか、うん、よく、分かった。遺言は確かに必要だね。
でも、きちんとした遺言を作成するとそれなりにお金がかかるんじゃないの?
遺言を作成するお金と遺族の労力を比べれば、遺言を作成しないという選択もありなんじゃないの?
という声が聞こえてきそうです。
確かに、間違いのない確実な遺言を作成しようとすれば公証役場で公正証書遺言を作成することになるため、最低でも10万くらいの費用がかかります。
しかし、自分で遺言を作成して自宅に保管すればタダです。
ただ、自宅保管では遺言の紛失や、相続人の誰にも見つけてもらえない可能性もあります。
そこでおすすめしたいのは法務局で保管してもらう自筆証書遺言書保管制度です。
費用はたったの3,900円。
保管制度を利用すると遺言の検認(※)が不要になることや、相続発生時に予め指定した人(相続人や受遺者)に通知してもらえるため安心です。
※「検認」とは,相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに,遺言書の形状,加除訂正の状態,日付,署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして,遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言書の保管者又はこれを発見した相続人は,遺言者の死亡を知った後,遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して,その「検認」を請求しなければなりません。~最高裁判所ホームページより~
遺言の内容についてのチェックはしてもらえませんが、複雑な内容でなければ市販されている遺言例集などを見ながら書けますのでそれで十分です。
どうしても心配なのであれば専門家に相談して作成することでもいいでしょう。
どんな方でも遺言は必要です!
このように、わずかな費用で利用できる制度を活用することで遺族の手続きが軽減できるわけですから、使わない手はありません。
財産が多いか少ないかに関わらず、手続きは必ず発生します。
その時、遺族がスムーズに手続きができるようにするためにも、遺言を作成することを強くお勧めします。